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豊胸材物語の教訓

法律、医療、ジャーナリズムの専門職の多くの人間が当面の個人的利益を追求し、将来の悪影響を考えなかった責任。豊胸材物語で、法律、医療、ジャーナリズムの専門職の失敗の裏には、金銭的利益という魅力がある。弁護士は豊胸材メーカーを訴えることで、信じられないほど金持ちになる。弁護士と協力する医師と専門家証人は、その富の分け前に与る。そしてメディアは、責任をもってリポートすることよりも、金銭的利益を得る視聴率と売上高により興味を示す。こういった三つの専門職の多くの人間は、当面の個人的利益を追って、将来の重大な結果について全く考えない。豊胸材を入れている多くの健康な女性でさえ、豊胸材論争を利用したいと思っている人がいるということは、彼女達が多額の裁定全の魅力に反応しているということだ。バリー・シュワルツ(BarrySchwarz)は著書、『生存のコスト(仮題)』(TheCostofLiving)で指摘しているように、職業は所詮ビジネスである。そして専門職もまたビジネスである。しかしあらゆる活動が金銭的報酬を最大にすることにベースを置くなら、倫理的基準を含めて、他のことは考慮されない。金銭は詐欺師を王様に、馬鹿者を賢人に、泥棒を英雄にする。金銭にとらわれている社会には、社会をよくしようとする人間はいなくなる。豊胸材論争は、何年間も理不尽な道のりをたどり続けるであろう、あらゆる兆しを見せている。不屈の覚悟で科学的証拠に対して責任を果たすことだけが、それを止めることができるが、関与している金銭と感清を考えれば、それは起こりそうに思えない。もしあらゆる関係者が、最初に証拠という戒律を受け入れていたならば、豊胸材論争は決してここまで広がりを見せることはなかったろうし、豊胸材論争が始まること自体おそらくなかったろう。しかし、人々は客観的データへの忠誠心をもたず、自分が好むものを何でも勝手に信じた。証拠をもとに結論を下す代わりに、証拠を自分に都合のよい結論に合わせようとした。豊胸材は病気の原因なのか?もしあなたが原告弁護士なら、原因だと言うだろうし、もしあなたが被告側の弁護士なら、原因ではないと言うだろう。原告、被告双方の証人もそれぞれ右へ習えだ。アメリカの生活における大企業の覇権に批判的な人々は、豊胸材が原因だと言うだろうし、アメリカ流のビジネスこそがビジネスと信じる人は、原因でないと言うだろう。証拠の必要性に対する無関心さは、この国で定期的に聞こえてくる多くの医療関係の報道に共通して見られる要素だ。豊胸材物語は、それを大々的に例証したにすぎない。豊胸材が危険かどうかは、世論、企業の私利私欲、法律の陰謀に委ねるべき問題ではない。私達は真実(またはそれにできるだけ近づいたもの)を知りたいと思うべきだ。しかし真実を発見するには、注意深い科学的研究とその結果の正しい解釈が必要だ。近道はない。科学的証拠に頼ることによってはじめて、あまりにも頻繁にこの種の論争を支配している飽くなき欲望、恐怖を制御できるという希望がもてる。これが豊胸材物語の教訓だ。
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