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アメリカの教育政策の失敗

私がアメリカ留学中に受けた講義だった。それは、思春期には多少の心理的大混乱を経験するものであるし、それを経験したほうがその後の心の成長によいのであって、「思春期にいろいろな規制をするより、むしろ自由にさせてやったほうがいい」という精神分析理論の神話に対する批判の講義だった。実際、このような精神分析理論だけでなく、「アメとムチを動機づけに用いると子どもの自然な好奇心や勉強意欲をそいでしまう」という内発的動機づけ理論の台頭などがあいまって、六〇年代から八〇年代にかけてアメリカは宿題をあまり出さず、校則もなるべく定めず、試験もあまり行わず、また生徒の側でカリキュラムを選んで単位をそろえれば卒業できるというカフェテリア方式というものが採用された。しかしこれが深刻な学力低下の原因になったと教育省の調査報告(『危機に立つ国家』)として発表され、全米で二五○万部のベストセラーになったのは、一九八三年のことである。その後、再びアメリカを勉強の社会にしようと、ときのレーガン大統領もブッシュ大統領(父)も取り組むのだが、教育に関しては地方自治が貫かれているため、本格的にペーパーテスト重視、規律重視、家庭学習重視の方向にアメリカが戻るのは、毎年のように年頭教書で勉強や教育の大切さを謳うクリントン政権になってからと言われる。私がその講義を受けたのは、まだクリントン政権になる前だったと記憶しているが、問題とされたのは学力低下ではなく、思春期の教育の自由化が及ぼすメンタルヘルス面への影響であった。六〇年代半ばから八〇年代半ばにかけて、一五歳から一九歳の自殺は三倍に増え、一〇代の若者の三分の二は非合法のドラッグに手を出し、一六歳未満の売春少女は五〇万人、売春少年(おそらくはホモセクシャルの相手に対するのだろう)は三〇万人にのぼったという。思春期の少年少女を自由にすることで、少年犯罪やドラッグの経験者が増えるのは、ある程度社会的コストとして予想できたことなのかもしれないが、自殺が急増したことは、思春期にルールや課題を与えないとかえって子どもの心が混乱し、メンタルヘルスに悪いことを示唆するものである。