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“都合のよさ”を選択基準にすると失敗する

ひとによって個人差はあるけれど、私のように自分がかわいくて、したいことがいっぱいあって、結婚などしないでもよいと思っていた人間も、学校を出て就職して二年目ぐらいになると、自分が生きていることで、もっと強烈に何か他人の役に立てるのなら幸せだという思いがひとりでに湧いてきた。誰かの役に立ちたい。それは結婚したいという心の目覚めのようであった。さて、今度は具体的に結婚の相手が現われてみると、なかなかこのひとのために自分のしたいこと、やりたいことを減らしていこうという気が起きなかった。私はそういう自分の矛盾に興味を持った。理想的なことを言いながら、現実の前に立ちすくむ。例えば縁談の初めに、私の夫は六人の子どものうち四人の女姉妹がみんな亡くなっていると聞いて、私はその亡くなった姉妹に代わって、年取った夫の父母にいろいろ役に立つ人間になろうと心に誓ったのに、行くと途端に実家とあまり家風がちがうので、すぐに反発する。そしてまた自己嫌悪が起きる。なんであんな偉そうなことを思っていたのに、実際になると実行できないのか。私は結婚生活の上で、自分は悪い、自分は駄目な人間だと毎日のように自分を責めながら、何十年と来てしまったと思う。夫に聞いていたのはいつも、「私に悪いところがあったら教えてください」であった。夫の返事は決まっていた。「あなたはだらしがない」。これもまた、何十年経っても変わらない。そのうち、だらしがないのはもう一生直らないだろうから、代わりにこんなこともできるという自分を見出したいと思うようになった。自分は整理本能がないから、そして事実、整理をしようとすると血圧が上がるからそれはやめて、植木屋さんが来たら、鋏を持って植木屋さんを手伝う。するとこれは、なかなか上手なのである。夫は部屋の中は片付けるけれど、植木の世話は苦手。こんなことの発見も、結婚生活のおもしろさである。自分を発見したり、自分を変化させてゆくのが面倒くさい。もっと自分に都合のいいところへ行きましょう、と次々相手を変えていっては、いつまでたっても自分という人間が成長しないと思う。第一、変わるたびに、変わった相手の研究を一から始めるなどとは、思ってもぞっとする。精力の無駄。感情の無駄。結婚という定まった形を持つことのよさの一つは、自分にふさわしい一人の相手が与えられたことで、感情的にも安定し、自分の能力の開発が力いっぱいにやれるからである。

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